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ベル・クォーレ マンドリンコンサートNo.34 [演奏会]

間際のご案内。

明日の午後1時半より、築地市場の浜離宮朝日ホールにて、ベル・クォーレの演奏会があります。
昨年のチャイコ弦セレで、何か一皮向けた感のあるこのオケ、今年は「ファンデーション」という概念を用いて、さらなる飛躍をするべく、練習を続けてまいりました。

「ファンデーション」とは、音の響きのベースにあるもので、これまで以上に音の処理(とくにフレーズの終わりなど)に神経を使って、自然なフレージングや音楽的な表現を磨いて
きました。

もちろん、まだまだ発展途上、思い通りにならない箇所も多々あろうかと思いますが、ごくごくふつーの目黒のおばちゃん達が、高い理想に向けて精一杯頑張りましたので、お時間のある方は是非、遊びにきてください。ご連絡いただければ、チケットご用意します。


ベル・クォーレ マンドリンコンサート No.34

日時:平成28年5月14日(土) 1時半開場、2時開演
場所:浜離宮朝日ホール
指揮:小出雄聖
曲目:
 1.バッハ=マーラー/佐藤編 G線上のアリア
 2.グリーグ/佐藤編 2つの悲しい旋律 作品34
    ・胸のいたで
    ・過ぎた春
 3.プッチーニ/佐藤編 弦楽四重奏曲「菊」
 4.V.ウィリアムズ/佐藤編 グリーンスリーブス幻想曲
 5.ラヴェル/佐藤編 組曲マ・メール・ロワ
    ・眠れる森の美女のパヴァーヌ
    ・親指小僧
    ・パゴダの女王レドロネット
    ・美女と野獣の対話
    ・妖精の園

 http://www.belcuore.org/kai&katsudo_oshirase/Bel_no34%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7.pdf


今回は、全曲私が書き下ろしで編曲しました。ラヴェルは控えめな打楽器入り。マンドリンオケでは珍しい、Wind Chime(TreeChime)を取り入れて、Harpの代用をしています。奏者はいつもの安定した萩原さん他。
私の編曲にしては珍しく、かなりギターが活躍するシーンがみられると思います、、、と、メンバーにプレッシャーかけておこうw


それでわ、明日の昼、朝日ホールにてお待ちしています。


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意識していること [演奏会]

先日、7年ぶりですかね、クリマン演奏会に顔を出してきました。下の子が生まれる年、第20回定演で卒業して以来、ずっと不義理をしてきましたが、ようやく時間がとれました。まずは青山さんや小野さんらに挨拶できて一安心なり。
 
この日は、たまたまタイミングが上手くあったことも理由だったのですが、ぢつは「自分探し」の意味合いがあって、私を育ててくれたクリスタルの生の音を久しぶりに聴きたくなったのです。一部の人には年賀状にも書いたのですが、今年の私自身のテーマが「トレモロの見直し」なんです。最近の練習は、ほとんど毎回といっていいほど録音をしており、コンマスとしての自分の音は何度も繰り返しレビューできる状況となっています。

でね、

ここ1~2年、自分自身のトレモロに不満がでてしまって、、、トレモロの粒々があまりに均等でないケースが目立ってしまうんです。アタックや小細工がありすぎて、録音で聴くと粗が目立ってしまう。またどうも自分のトレモロのスピードが往年に比べて遅くなったような気がしてね。。。

で、青山さんの演奏で何かヒントを、と思ったのです。で、会場ついたら、なんだ、青山さん、指揮のみぢゃん! あらあらと思いつつ、でも他のメンバーのみなさんも非常にきれいなトレモロをする人たちだし、世界一のドラパートの秘訣もさぐってみたかったので、気を取り直して楽しんでみました。

演奏会の第一印象は、男性陣、みんな年とったなあ。。。!ってこと。自分のことはおいといて、、、女性陣がちっとも変わらずお元気そうなのと対照的に、みんな○○○になったなあ、貫禄でてきたというか横に広がったというか、髪の毛が(以下、自粛)、、、、、笑 青山さんだけはちっとも変わりませんでしたけどね。

1曲目のニューシネマが一番良かったかな? 武蔵野小ホールのなせる技か、マンドリン合奏というチューニングがあいにくい楽器の特性上の問題か、1曲目が一番透き通ったきれいな音をしていました。で、曲が進む中で、印象的だったのが「歌心」かな。これは最近の青山さんの真骨頂なのでしょう。少ない練習にもかかわらず、「俺達はお気楽だから、、、」って謙遜されてましたけど、非常に心地良く「歌」を歌っているんですよ、メンバーの一人一人が。これは、おそらくみなさん意識していないでしょうね。それだけ、なんだか自然に、ごくごく当たり前のこととしてにじみ出ているようでした。私がいたころのクリスタルとは、もしかするとちょっと違うかも。

この感覚は、お世辞でもなんでもなくって、今の自分にもっとも足りないものかなあと気付きました。あまりにも、自分達の音楽は、「音楽を難しく考えすぎている」なあと。

私自身、意識的に技術的なチェックをしていたし、普段はメトなどでコンマスをしているため、それがわかってしまう立場にいるのですが、やっていることや目指していることはそれほど変わらないのですよ。例えば、最後までちゃんとトレモロをするとか、音の拍感や上向き下向きなどを意識する、見栄をはるためにトレモロのカットを切りそろえるなどなど。昨日のクリスタルは、そうした音楽の基本的なことを、ごくごく自然に、あまり意識しない形でごくごくふつーに実現できているんですよ。

これには少しびっくり。何が理由かなと思ったのですが、あまり秘訣まではわかりませんでした。青山さんがそうしたことを徹底するような練習をしているとも思えないし(笑)、メンバーの音楽性が飛びぬけてすごい人たちばかりというわけでもなく(笑)、ごくごく普通に好きなことを、それなりに努力して、時間がないなかで一生懸命練習して、上手く出来た出来ないは本番なのでいろいろありますし、終わったら「ま、こんなもんだろ?」ってことでお気楽に美味しいお酒を飲む、、、

決して普段の我々とは大きくは違わないと思うのです。でもね、今のクリスタルはそれが出来ていて、メトやベラではそれが出来ていない。この違いは、かなり深刻なレベルかなあと思いました。

クリスタルのみなさんはね、おそらく人一倍、こだわりがあって、それを自負している団体だと思うのです。オケとしての方向性や目指すゴールはそれほどではないかもしれない。青山さんが理想とする「ふっと聴いている人の心の中に優しく入り込んで、じわじわっと温かい気持ちになれる」音楽を目指しているくらいかな?

でも、おそらく一人一人が、自分自身の出す理想的な音ということを極めて強く意識し、それを常に批評しあっているんだと思うのです。そういう文化がクリスタルにはあるのではないかな? 批評と書いたけど、難しい話ぢゃなくて、自分の出した音がどうだったのか、隣の人と確かめ合っている。言葉ではなく、音でメンバー間で会話をしている。「音」そのものが目的なのです。

これはね、一人一人はおそらく意識していないことでしょうけど、まさしくこのカルチャーがクリスタルのもっとも素晴らしいところだと思いました。私の周りでは、「音」は手段という位置づけがウエイトを占めていると思うのです。ある意味、もっと「高度」に音楽を捉えて、「解釈」やら「表現」にこだわりを持っている。それを意識している。例えていうなら、メトは「本を読む感覚」、クリスタルは「ご飯を食べる感覚」かな?

でもね、結果的には、両者はそれほど大差なく、どちらも良いところや欠点はあると思うのです。

正直、後半にはクリスタルの「音」ににごりが出てきたし(これは楽器の特性上、やむを得ないことでしょうね。それを目立たせない選曲は可能かもしれませんが、、、)、そのために聴いていて、だんだん平板に聞こえてきた点も否めないかもしれません。

また、編曲上の特性やオリジナル作曲家のオーケストレーションの癖もあるのでしょう、音響的に立体感が生まれにくく、フォルテは1色になりがちだし、独奏はパターン化してしまって、あまり新鮮味がないなあと思ってしまうなど、マンドリン演奏会の限界を感じてしまうこともありました(あ、個人技は、もちろん楽しませてもらいましたよ、良く楽器を鳴らしているなあ、とか)。 
 
クリスタルが武蔵野小ホールという器から抜け出たときに、どれだけ実力を発揮できるかは、もしかすると予想以上の落差があるのかもしれません。

でも、自分達にとって心地良い「音色」を追求して、そのためには指揮者の解釈やテンポなどをひっくりかえしてでも自分達を主張して、一球入魂にかけている。それを一つのパートとして高めあっている。
 
そんな良さを感じた一日でした。そういう気持ちが伝わるから、お客さんの拍手が温かかったのではないかな? 客層がかなり上だったのは気にはなりますが、ま、結果オーライでしょう。

最後に、、、それでもクリスタルはあまり変わっていないなあと思ったことが、少しうれしかったです。ドラの前二人は、油断すると左足がブルブル震え出すのは師匠のK氏ゆずりだし(爆)、ポーカーフェイスのマンドリンはぢつは内心ドキドキしているってのもばれてるし、マイペースなギターは相変わらずでした(笑)。

自分探しとこれからのヒントをたくさんもらえて、雪の中、時間を作れて、三鷹まで行ってとても良かったと素直に思いました。ひさーしぶりにもえさんにもお会いできたし、思いもかけない人とおしゃべりもできたし、たまにはこうした演奏会に出没しないといけないなあと思う今日この頃でした。

#おかテリさん、チケット手配、ありがとうございました。また機会をみつけて、おしゃべりしましょ!


演奏者のみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました!


タグ:mandolin
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演奏を作るもの [演奏会]

さて、第21回メトロポリタン・マンドリン・オーケストラのセルフレビュー2つ目。ソリストとしての感想を書いておきます。

本格的な独奏曲を演奏するのは、ベルク協奏曲、シベリウス協奏曲に続き、これで3回目です(あ、むかーし、別のオケでハンガリアの黄昏は弾いたか。。。笑)。で、いずれも、自らやりたいと話したことはないはずで(笑)、ししょーや指揮者から冗談半分、「次回は〇〇やるよー、弾けるよね?」「ほんとにやるんですか? しょうがないなあ、、、」ってノリで引き受けてしまったものばかり(=拒否権はない)。

毎回、安易に引き受けたことを後悔するのですが、今年は別の意味で非常に辛い時間が過ぎました。かなり早い譜出しだったので4月からフルに弾いていたのですが、この練習でね、メンバーの反応がないんですよ。。。




それまでの2曲は、なんだかんだ言って、練習中に曲が終わった瞬間、メンバーがいろいろな反応をしてくれていたんです。驚きや賞賛、あるいは失敗したときの苦笑など、良い意味でも叱咤激励であっても、それを感じていました。ところが、この曲はほんとに最後の最後まで反応がなかった。実際に音があまり聞こえていなかったのかもしれませんね。良いとも悪いとも言われなかったので、さすがにさとーの演奏も飽きられたかな?とか、マンドリンでやる意味を感じないとの無言のプレッシャーともとってしまったりと、ずいぶんと悩みました。このくらいの表現ぢゃ、メンバーや編曲者、指揮者も納得してくれないのかなあと。。。


今となっては、ツィガーヌはメンバーにとってもつかみ所のない「うなぎ」だったのかもしれないとも思います。あるいはさとーはこれくらい弾けて当たり前との評価であったのかもしれませんが、まあ、プレッシャーは前回以上にあるわけでした。初演者である望月君の素晴らしい演奏もあったわけですしね。

そんな中で、大きな決断をしました。前回シベコンの反省でもある暗譜で弾くこと。この年齢で、コンマス専業というこれまでのキャリアから考えて、暗譜で通すことは、これはこれは大きなハードルなのです。音楽家として曲を止めてしまうことほど、怖いことはありませんよ。それまでのすべての努力を無にしてしまいますからね。暗譜で弾いた経験は、学生のころ、ソロコン予選に出たときくらいかな?(あの時はE線2本を切ってしまって予選落ちでした。。。笑)

そうでもしないと、自分の満足できる演奏は出来ないと思ったのです。この決断が、本番3週間前。2週間前にはものすごく後悔して、やっぱり譜面を見ようと何度も低きに流れていました。ステマネには迷惑をかけましたが、セッティング表には最後まで譜面台を置くことにしてましたよ。

でも、その決断が結果的には譜読みの深さや曲の全体感を表現するのに非常に効果があったようです。本番2週間くらい前からは、頭の中はツィガーヌかツィガーヌでないかと2分されてましたし、他の曲は一切頭で鳴らせないような状態でした。

それなりの演奏をするには、少なくとも自分の技術レベルでは、これくらい追い込まないといけないんだなあとあらためて気付くことができたのが今回の収穫かな。おかげさまで、少なくとも冒頭のカデンツァについては、指揮者や編曲者をはじめとしてメンバーの皆さんからは高い評価をいただきました。やっぱり練習では上手く弾けてなかったのね。。。笑

自分自身の課題としては、これがまだまだ客席の評価であるわけではないことですかね。普段私に接している人からすれば、驚異的な演奏だったかもしれませんが、初めて演奏を聴くお客さんにしてみれば、マンドリンとはこんなものかとか、音量小さいなとか、迫力不足が否めないとの声もありました。それはきっと事実なんでしょうね。

今回、カデンツァに象徴されるように、自分自身の中であまりマンドリンを意識せずに、自由な発想で音楽を奏でることができたと思います。マンドリンという楽器の制約からいかに自由な音楽を作り出すかという自分のテーマは今後も変わりはないと思いますが、一定レベルで実現できるようになったのかな。それくらいの技術は身につけたのかなとの思いもあります。

そうした上で、さらなるパフォーマンスができるよう、精進をしていきたいです。

今回、苦労はしたのですが、本番の演奏がああいう形でそれなりに出来たのには、いくつかの理由があったと思います。その一つ。冒頭、1小節目の連打。初めて出すあの会場での響きを聴いて、確信を持って直後のブレイク時間を長くとったこと。本来であれば3拍目までギリギリ伸ばして、短い8分休符を置いた上で素早い回転を行うのですが(フレーズをちゃんとつなげる)、この小節だけは拍感を打ち出さずにロングトーンのトレモロを短めにして、音を切らない形で半分フェルマータにして時間を止めてみたんです。客席からすると気付くか気付かないくらいの時間ですが、演奏する側からしてみると非常に長い時間です。このときの会場の響きや会場の空気を感じて、非常に挑戦的な演奏ができると直感したんですよね。その後は一気にテンポ通りの演奏に。

#カデンツァ風にという譜面の指示なんだから、1小節目くらいは崩して弾いてもいいでしょ?(笑) あとは譜割り通り弾いたつもりなので。。。

そんな技術的な「かけひき」ができた瞬間でした。何がきっかけになるかはわからないのですが、自分自身の全神経を集中させて、周りと対話して、そこに初めて自分自身も聴いたことのない音楽が生まれる、そんな経験ができたことを素直に喜びたいと思います。そしてますます自分自身は透明で真っ白いキャンバスになって、多くの人の想いや多くの響きの力を得て、一つの表現ができればと思います。

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余韻に浸る間もなく。。。 [演奏会]

この1週間、終電やらタクシー帰りやら、連日の自転車操業ですっかり仕事モードに戻っていました。さすがに疲れたね。

さて、先週12日は、メト演奏会でした。会場にお越しいただいた皆さん、またさまざまな形で応援していただいた皆さん、ありがとうございました。非常に気持ち良く演奏会を終えることが出来、楽しい時間を過ごすことができました。

さて、ウェブ上では見事にスルーされてしまったので(笑)、ちゃんとセルフレビューをしておこうと思います。今回は2つの立場での感想を。。。

まずは、コンマスとして。メトは、選曲や編曲の特徴をアピールしているので、内外の評価もそのまま受け止められていると思います。それを否定するつもりはまったくありませんが、やはりコンマス(=労働組合トップかな?w)という立場からすると、その演奏で評価して欲しいという気持ちが年々高まっています。

で、その点からして、今シーズンの出来はまだまだかなあ。。。苦笑 ちょっと厳しめですね。

練習で出来たことを本番で再現できたと言う点では95点くらいつけても良いと思います。大きな事故もあったけど、ドビュッシーの雰囲気はメトの真骨頂ではないでしょうか? 演出の助けを借りてメンバーがその気になったとは思いますが、それでも10年以上もラヴェルやドビュッシーというフランス音楽を経験して、それなりの語法が身に付いた成果だと思います。

個人的に一番うれしかったのは、ドビュッシー3楽章の城門が閉じた後のシーン。4幕4場、外苑の泉で、ペレアスとメリザンドがお互い愛の告白をして、扉が閉まって一線を越えてしまったという場面です(その後はゴローが近づいて、クライマックスとなります)。

メトではオペラはほとんど演奏しないのですが(過去には、トリスタンとこの曲くらいですね)、このもっとも甘美な、時間の止まった瞬間を、本番でも上手く表現できたと思います。「歌伴」と言ってしまうと手抜きのように聞こえてしまいますが、そうではなく映像をサポートし登場人物の言葉に出来ない感情を代弁するもっとも音楽的な表現。これができたような気がして、メトの奏でる音楽が一つのエンターテイメントの域に達することができた、演奏面での新たなステージに突入したと思ったのです。

こういう実力がだいぶついてきたなあと思う反面、それが瞬間瞬間に現れるか否かという点で、まだまだ確実性や計算しつくされた演奏が出来ていないなあと思うのです。私の理想からすれば、まだ5~6割の出来かな。シベリウスも十分健闘しているとは思います。アマチュア音楽家でシベリウス後期3曲を演奏したことのある人は、それほど多くはないと思いますので、それなりにシベリウスの音楽を身につけてきたのかなあと。でも、まだまだですね。

指揮者の小出先生から、「メトの演奏で良かったものは、ほとんどが2回目」って言われて、確かにそうかなと思いました。繰り返しの演奏をしないと身に付かないことなんでしょうね。

こうしてみると、私自身の理想はある意味プロフェッショナルなんでしょうね。お金払っていただけるに値する演奏、あるいはエンターテインメントな時間を提供するということ。でもメトでは、そういうことをごくごくふつーのメンバーが行っている、否、行うことができるということを示していきたいんです。マンドリンの可能性を追求するって、結局は自分自身の殻を突き破るということですからね。プロ以上にプロらしいことができるのは、アマチュアの特権です。

最後に、新しいホールとの出会いについて。もう大満足ですね。その響きの素直さ、ステージ上とホールとの響きの違いがないことなど、非常に演奏しやすいホールでした。スタッフの充実したサポートもうれしいものでした。カザルスに比べると、音がそのまま前に飛んでくる分(もちろん響きを加えてですが)、マンドリンの高音域が耳についてしまいます。マンドリンのちょっとくどい嫌な音が聞こえてしまいがち。これは今後も調整できることなので、あまり気にはならないです。技術面での新たな音作りにチャレンジできると思っています。

ということで、長くなるのでとりあえずここまで。次はソリストとしてのセルフレビューです。

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オフシーズンにやるべきこと [演奏会]

本番が終わったその瞬間から、
音楽的には次のコンサートへ気持ちが移っていく。
練習開始まであと半年以上。
この時期に何をすべきか?何ができるか?

まったくの空白期間を作ることも大事だけれども、
必ずいつかその時期は来る。一度来てしまったら、どんなに
悪あがきしても音楽が心に染みてこない。
回復には1週間のときもあれば、1ヶ月かかることもある。

ならば、この時期はひたすらインプットしよう。
次に取り上げる作品を聴きまくる。
今度はコンチェルトだから、おそらく数十種類の音源は聴くだろう。
骨と血に刻むだろう。

そして、まったく違う分野の作品も聴きまくる。
北欧だけでなく南欧の作品、スラブならばラテン、現代ならば古典、、、

自分の抽斗をひたすら広げるために。
自分の限界をひたすら超えるために。
自分の常識をひたすら打ち壊すために。

生まれ変わった気持ちで初めての練習日を迎えよう。
一番最初の聴衆は、ステージメンバーなのだから。


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リハーサル(ゲネプロ)でできること [演奏会]

本番直前のリハ@ゲネプロでできること。。。

なによりも会場の音響に慣れること。
そして、楽器間のバランスの調整、発音の調整、音量の調整、、、
楽器の調整なんてのもありますね。

でも、一番は、本番の成功をイメージすること。

たとえ、失敗した箇所があったとしても、何かを伝えられれば、
演奏会としては大成功のはず。その熱意をマグマのように
燃えたぎらせること。スイッチを入れるということかな?

そして本番直前、何をみんなに言って、自分の想いを伝えるか?
最後の一言が大事。

さてさて、明日は何を言いましょうか?(もう心に決めました)


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聴衆にどれだけ強いるのか [演奏会]

事前知識が全くない状態で聴いてもらう演奏会は、成り立たないのでは?

感動は格差から生まれるとすると、お客さんには何らかの期待を抱かせなければならない

曲を知ってる、練習の過程を知ってる、作品の背景を知ってる、指揮者の狙いを知ってる、音の魅力を知ってる、他団体との違いを知ってる、などなど

むいてもらう関心の対象は異なっていたとしても、その日その時間に至るまで、何らかのドラマがないと、どんなに良い演奏を行っても薄い印象しか残らない

だとすれば、演奏家として、事前情報として、どんなドラマを提供すべきなのか? 感情移入させるためには、どんな作戦が有効なのか?


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演奏会では目標設定をすべきか? [演奏会]

演奏会開催にあたって、団体として、指揮者として、オケとして、何か目標をたてるべきか? たてるならばどうたてる?

目標設定は良いが、達成度をどう測る? 誰が判断出来る? どれだけ実感を伴える?

「本番で間違えない」
「いついつまでに音をとる」
「指揮を良く見る」
「○○小節目のアンサンブルを上手く弾く」

こんな目標ではダメダメ 個人目標じゃないんだ ゴールも良く分からない

「お客さんをたくさん呼ぶ」
「良い音を響かせる」
「マンドリンの新しい魅力を表現する」
「ドビュッシーらしさを表現する」

これらもダメダメ ちっとも具体性がない

あなたならどんな目標立てますか?

個人的にもっとも印象深いのは、メトでレスピーギ@ローマの噴水をやったとき

「徹底的にppにこだわる」
「思いっきり、、、で」
※、、、にはppやmfで、途中で音をとめて、中途半端に、などが入る

簡潔かつ具体性があって、誰もがその成果を実感できた その後のオケの基本を作った素晴らしい目標だった

5年後、10年後に、自信を持てるような目標設定をしませんか?


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ドラマとは? [演奏会]

今年の演奏会のテーマを「ドラマ」とした。
主題歌ではなく、メイクドラマの方だ。

そこで、良い「ドラマ」とは何だろうと考えた。
良い「ドラマ」に必要な要素は?
物語や小説との違いは?
ドラマはどこに宿る?

【シナリオ】
 ・先が見えること?(水戸黄門や寅さんなどの安心感?)
 ・先が見えないこと?(筋書きのないドラマ?)
 ・ありえないこと? それとも共感できること?

【キャラクター】
 ・主人公(=主役パート、主題)の演技?
 ・名脇役(=対旋律)がいること?

【環境設定】
 ・時代を反映していること?
 ・舞台設定を日常にする? それとも非日常?

【オリジナリティ】
 ・何に心打たれるか? 原作と脚本、役者の演技やアドリブ?
 ・全体か部分か?

 ・・・等々

演奏会のテーマって、単に選曲のテーマだけでなく、こういう中身の
話もあるのではないかな? エンターテナーとして、誰かがこういうこと
を考えていないと。

でも、現実的なレベルで、演奏者、指揮者、事務局のそれぞれの視点で
どう議論すればいい? ベクトルをあわせるための手段や方法って、
どんなものがあるのだろう?


演奏会はラーメン屋と同じ [演奏会]

一つの味を徹底的に追及しないと、早晩つぶれるのみ

お客さんはファンとして引き継がれる 卒業するお客がいることは事実 お客の成長とともに、その人自身が味を受け入れなくなることもある それでもお客さんの心には残るはず

支店を出す必要なし 評判が評判を呼ぶ これまでのお客さんと新しいお客さんとの違いなんてあるはずはない たとえ周りの環境が変わったとしても

そして調理人が変わっても、レシピと味へのセンスは変わらない それこそ門外不出と時間の重み

そんなお店、兼業で出来るはずない 24時間365日が勝負


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